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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)7951号 判決 1986年1月30日

原告

坂巻木材株式会社

右代表者代表取締役

坂巻忠夫

右訴訟代理人弁護士

齋藤康之

被告

株式会社東京木材相互市場

右代表者代表取締役

大橋祐偉

被告

大橋祐偉

被告両名訴訟代理人弁護士

中川清太郎

中川みどり

永島寛

主文

一  被告株式会社東京木材相互市場は原告に対し、金三七三万二三九七円及びこれに対する昭和五八年八月七日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告株式会社東京木材相互市場に対するその余の請求及び原告の被告大橋祐偉に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告株式会社東京木材相互市場との間において、原告に生じた費用の三分の一を被告株式会社東京木材相互市場の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告大橋祐偉との間においては、全部原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し、金六九八万八三五六円及びこれに対する昭和五八年八月七日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は建築木材の販売を業とする会社であり、被告株式会社東京木材相互市場(以下、被告会社という。)は市場を開設して木材、建材等の卸売を主たる業とする会社である。被告大橋祐偉(以下、被告大橋という。)は被告会社の代表取締役である。

2  被告会社は、原告に対して昭和五八年一月七日から同年二月一八日までの間に売渡した木材、建材類の売買代金債権一二七三万三八二三円を有し、右債権に基づく強制執行を保全するためであるとして、昭和五八年三月一九日東京地方裁判所に動産仮差押命令の申請をして(昭和五八年(ヨ)第一六〇八号事件)、仮差押命令を得て、同月二八日原告の商品である建築木材に対し仮差押の執行をした。

3  原告及びその連帯保証人は不動産を所有していたのであるから、原告の商品である建築木材を仮差押する保全の必要性は全く存在しないにかかわらず、被告会社及び被告大橋は共謀の上、原告及び連帯保証人は一切不動産を所有していないから商品である木材を仮差押する保全の必要性がある旨の虚偽の報告書二通を必要性の疎明資料として東京地方裁判所に提出して仮差押命令を得たものであるから、右仮差押は違法である。

(一) 被告会社は、本件仮差押申請に際し疎明資料として報告書を提出したが、右報告書には原告は全く不動産を所有していない旨記載されている。また、右報告書には、原告が数億もの負債を有している旨の記載がある。

更に、東京地方裁判所が、被告会社が本件仮差押申請をした昭和五八年三月一九日、原告の商品である木材等を仮差押する重大性に鑑み、原告の連帯保証人である訴外坂巻忠夫、同坂巻敏夫及び同坂巻春次の資産についての疎明資料の追完を命じたところ、被告会社は、調査したところ各連帯保証人はいずれも不動産は所有していない旨の報告書を提出した。

(二) しかし、実際には原告及び連帯保証人は、次のような不動産を所有している。

(1) 原告

行田市大字荒木字野土一四四五番地一所在の事務所・居宅及び行田市大字荒木字荒木一〇七四番地、一〇七五番地所在の倉庫を所有しており、固定資産税課税標準価格でも右事務所が七七七万四八五二円、右倉庫が一五〇二万二五二四円であつて、これだけでも被保全債権額を上回る。

右事務所の敷地である行田市大字荒木字野土一四四五番一の土地は訴外関口行春からの借地であるが、その借地権価格は五一一万七五一五円である。右倉庫の敷地は原告の所有であるが、その時価は、行田市大字荒木字荒木一〇七四番の土地が二五一九万八五六〇円、同所一〇七五番の土地が一六六六万二二四〇円である。

(2) 坂巻敏夫

行田市大字荒木字荒木一一一〇番地二、一一〇九番地四所在の居宅と同所一一〇九番一、三、四、五及び一一一〇番二の土地を所有しており、右各土地の時価は合計三五九〇万八七六〇円である。

(3) 坂巻春次

坂巻春次は本件仮差押当時既に死亡していたが、同人名義の不動産として、行田市大字荒木字野土一四四八番地一、一四四五番地一、一四四六番地一、一四四八番地五所在の工場がある。

(4) 坂巻忠夫

南埼玉郡菖蒲町大字菖蒲字菖蒲三一四番地一、三一三番地所在の店舗兼居宅を所有している。

(三) そして、被告らは、原告及び連帯保証人が右のような不動産を所有していることを知つていたものである。

すなわち、被告会社の吹上市場長は、市場長就任のあいさつなどのために原告の前記事務所を新築後訪れており、その際原告代表者との間でその新築費用等についての会話が交されている。

また、被告会社の吹上市場の従業員は、昭和五〇年八月二五日に原告と木材の取引を始めて以来毎月少なくとも一回以上、集金に原告を訪れており、原告の前記倉庫の新築及び原告の専務取締役であつた坂巻敏夫所有の前記居宅(原告事務所の近くにある。)の新築を知悉していた。

原告所有の前記倉庫も、当時その周囲には何の障害物もなく、倉庫の横には大きな文字で「坂巻木材株式会社」と書いてあつたから、原告を訪れる者の視野に自然に入ることになる。

被告らは故意に虚偽の報告書を作成したものである。

(四) 仮に被告らが原告と連帯保証人が不動産を所有していることを知らなかつたとしても、その調査方法は不十分であり、被告らには重大な過失がある。

被告会社において原告らの不動産の有無を調査したという吹上市場の鴫原市場長は、原告との取引にかかわつている被告会社の従業員に尋ねさえすれば、右の不動産の有無はいつでも知りえたはずである。

また、鴫原市場長の証言した登記簿謄本の申請書の書き方は甚だ不完全であり、調査の方法も登記簿の閲覧もしていない。被告会社の代理人弁護士にその調査方法を尋ねさえすれば、閲覧方法等について適切な指示があつたはずである。

そして、右指示に基づいて登記簿を閲覧しさえすれば、少なくとも原告と被告会社間の買方取引契約書に原告の住所として表示されている大字荒木一四四八番地の地上にある坂巻春次名義の建物を容易に発見できたはずである。大字荒木一四四五番地一所在の原告の事務所についても、被告会社の代理人弁護士は、一四四八番地の前後何番かに原告所有の不動産がないかどうか登記簿を閲覧して調査するよう指示するはずであり、その結果、たつた三番違いであるから、右事務所を容易に発見できたはずである。坂巻忠夫所有の建物についても、南埼玉郡菖蒲町大字菖蒲三一四番地(買方取引契約書上の坂巻忠夫の住所)所在の坂巻忠夫所有の建物ということで申請しさえすれば、建物の謄本は容易に取得できるし、登記簿を閲覧しさえすればもつと容易に発見できる。

(五) 被告らは、買方取引契約書記載の原告らの住所について訂正の届出がないから、一切の損害は原告が負うべきであると主張するが、原告は工場等を右契約書記載の住所である大字荒木一四四八番地に現に持つており、原告代表者の父である坂巻春次から借用して原告の設立時から使用してきているから、原告の住所変更をしなければならないものではない。

また、坂巻忠夫の住所地に変更はなく、坂巻敏夫の不動産も地図、電話帳等で住所、地番を調査すれば、容易に発見できたのである。

なお、坂巻春次は既に死亡しており、被告会社が提出した追加報告書が同人の生存を前提としたものであることは、被告らが不動産の有無を調査しなかつたことを示すものである。

(六) 原告所有の前記建物には何らの担保権も設定されていない。原告所有の一〇七四番、一〇七五番の各土地には根抵当権が設定されているが、被担保債権の残額が五〇〇万円であるのに対して、原告は右根抵当権者に八四三万七九六〇円の預金債権を有しており、実質上債務は全くない。

したがつて、被告会社提出の報告書に、原告が数億もの負債を有している旨の記載があるのは、虚偽であることは明白である。

(七) 原告は被告会社に対し、昭和五七年一一月二五日現在で二〇二万一五一〇円の保証金を積立てており、少なくともこの範囲では保全の必要性がなかつたことは明らかである。

4  本件仮差押により、原告は、その経済的信用が失墜し、木材の仕入代金の支払につき売主から現金や小切手を要求されるに至るなど、以下のような合計六九八万八三五六円相当の損害を被つた。

(一) 五〇〇万円

原告が本件仮差押によつて受けた経済的信用の失墜による損害

(二) 九〇万円

本件仮差押の執行によつて原告の営業が二日間停止したことにより生じた休業による損害

(三) 二三万八三五六円

仮差押執行の取消のため供託した仮差押解放金の内金一〇〇〇万円を昭和五八年三月二八日銀行から年利七・二五パーセントの約で借入れたことにより生じた同年七月二五日までの金利相当の損害

(四) 八五万円

仮差押解放金供託による執行取消の申立及び仮差押異議の申請の各事件にかかる手数料として原告が齋藤康之弁護士に支払を約した弁護士報酬(内金三五万円は着手金として支払済である。)

5  よつて、原告は被告らに対し、民法七〇九条、七一九条に基づいて、各自六九八万八三五六円及びこれに対する不法行為の後である訴状送達の翌日から支払済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1項の事実は認める。

2  同2項の事実は認める。

3  同3項の事実は否認する。

(一) 同項(一)のうち、被告会社が原告主張のような報告書を疎明資料として提出したことは認める。

(二) 同項(二)の原告ら所有の不動産の価格は争う。

以下述べるとおり、原告らが所有する不動産の価値は極めて低く、被告会社の有する被保全債権額にも満たないことが明白である。

原告ら所有の不動産が所在する土地はいずれも市街化調整区域にある。市街化調整区域内での建築や開発行為はすべて禁止され、建物の建築については一定の許可を要しない場合の外は知事の許可を必要とする。

そして、これに違反した建築物は移転、除却等を命じられ、収去されることになる。原告や坂巻敏夫ら所有の建物は都市計画法に違反した建築物であり、移転、除却等の勧告を受けており、早晩収去される運命にあるから、建物としての価値はなく、残材としての価値しかない。

また、原告や坂巻敏夫の所有する土地も市街化調整区域に属するから、開発行為や建物の建築が厳しく制限され、有効利用することができず、売却することも不可能である。債権者が強制競売等によつて債権の回収をすることもできない。このように、現実には換価、処分することができない不動産は無価値というべきである。

なお、浦和地方裁判所管内における不動産競売事件では、不動産の時価を固定資産税課税評準価格や公示価格に依拠して評価しており、不動産の時価はこれらの価格にほぼ等しい価額とされている。そして、原告及び坂巻敏夫所有土地の固定資産税課税評準価格は合計六八〇万〇八八六円である(なお、坂巻敏夫は連帯保証を認めている訳ではない。原告所有土地だけの固定資産税課税評準価格は三四七万六〇〇〇円にすぎない。)。

原告は関口行晴所有土地についての借地権価格についても主張しているが、原告は右土地について建物所有目的の賃貸借契約を締結しているものではないし、また、市街化調整区域内の土地であつて価格が極めて低く、借地権譲渡に伴う名義書換料支払の慣行がありえないような地域にあつては、借地権価格は存在しない。

(三) 同項(三)のうち、原告と被告会社との取引が昭和五〇年八月二五日頃から開始したことは認め、坂巻敏夫の建物が原告事務所の近くにあることは知らない。その余の事実は否認する。

(四) 同項(四)は争う。

被告会社が本件仮差押申請当時、原告及び連帯保証人らに所有不動産はないと判断するについては、以下述べるとおり相当な理由があり、過失は存しない。

被告会社は、昭和五八年三月上旬頃原告及び連帯保証人らの所有不動産の存否について調査をしたが、当時その手懸りとなる資料として被告会社にあつたのは昭和五〇年八月二五日頃原告、被告会社間で締結された買方取引契約書だけであつた。しかし、同契約書の約定により、原告が原告及び連帯保証人の住所変更をする場合は事前に被告会社に対し書面によりその届出をする義務を負担し、原告がその義務を履行しない時は取引額の減縮、取引の停止又は契約の解除をすることができ、右義務の不履行によつて生ずる一切の損害は原告及び連帯保証人が負担することになつているのであるから、右契約書の記載内容は正確性が保障され、被告会社にとつて原告及びその連帯保証人に関する最も信頼しうる調査のより所とすることができるものであつた。

そこで、被告会社は、原告及び連帯保証人らの各住所地を管轄する法務局に赴いて、不動産登記簿謄本交付申請書に不動産所在地として買方取引契約書記載の各住所を記載して原告らの所有土地及び建物の登記簿謄本の交付申請をしたが、いずれも該当はないということで登記簿謄本の交付を受けられなかつた。そのため、被告会社は原告及び連帯保証人らには所有不動産がないと判断して、動産の仮差押申請をしたものである。

なお、原告が原告ら所有であると主張している不動産の所在地番は、いずれも買方取引契約書に記載されている住所地とは異なるものであつて、被告会社ではその所在を全く了知しえない物件ばかりである。すなわち、買方取引契約書記載の原告の住所地は「行田市大字荒木一四四八番地」であるのに、その事務所・居宅用建物の現在地は「行田市大字荒木字野土一四四五番地一」であり、また、倉庫の所在地は一〇七四番、一〇七五番であつて、一四四八番地とは四〇〇番近くも異なる。同契約書記載の連帯保証人坂巻敏夫の住所地は「行田市大字荒木一四四八」であるのに、同人所有の建物の所在地は「行田市大字荒木字荒木一一一〇番地二」となつている。

このように、仮に被告会社の調査が十分でなかつたとしても、前記のような限度でしか調査できなかつた主な理由は、原告がその事務所現在地及び連帯保証人らの住所変更等の事実を通知する義務を懈怠し、かつこれにより被告会社に原告の届出住所地がその事務所所在地であると誤信させて、原告らの不動産の調査を困難にしたことなどによるものであるから、損害発生の責任は原告にあり、被告会社には過失はない。

仮に被告会社が法務局にある不動産登記簿の大部分を閲覧するなどして、なお一層調査すれば原告ら所有不動産の存在が判明するはずであつたとしても、緊急性を旨とする保全処分の申請にこのような長時間を要する調査を要請することは難きを強いるものである。

したがつて、被告会社が、買方取引契約書記載の住所地を管轄する登記所に赴き、いずれも不動産が存在しない旨の回答を得た以上、原告らの所有不動産は存在しないと認識したことには相当の理由がある。

(五) 同項(五)の主張は争う。

(六) 同項(六)の主張は争う。

(七) 以下のとおり、本件仮差押の必要性は十分存在したものである。

本件仮差押申請当時、原告は被告会社から買受けた木材額の代金一二七三万三八二三円を被告会社の再三にわたる催告にもかかわらず、原告と取引のあつた訴外東実木材株式会社の倒産(同会社は昭和五八年二月上旬頃倒産した。)により約三〇〇〇万円の損害を受けたことを主な理由としてその支払をしなかつた。当時木材業界は慢性不況で、多額の取引があつた木材業者が突然倒産する例も多く、本件被保全債権の支払をせず、経営状態が悪化していることを自ら表明していた原告に将来ともに不測の事態の発生がないと予測することは難しい状況下にあつた。

そこで被告会社は、原告及び連帯保証人らには所有不動産はなく、資産の大半は在庫品のみであり、かつ、木材類は移動が容易で隠匿、処分の危険性が大であるとの判断の下に、動産の仮差押を申請したものである。

また、本件仮差押執行をした昭和五八年三月末当時における原告の資金状況は、本件被保全債権の弁済をする能力が十分あつたとはいえない。

すなわち、原告は、仮差押解放金一三〇〇万円全額の用意がなく、うち一〇〇〇万円を銀行から借入れたと主張しているが、本件被保全債権の弁済期は本件仮差押執行の当時には既に大部分が到来しており、支払決済されるべきものであつた。したがつて、本来ならば原告では右日時までに一二七〇万円の金員の準備がされ、支払可能な状態にあつて然るべきであるのに、原告はその当時において急拠一〇〇〇万円の借入れをしなければ倒産してしまう状態にあつたものであつて、この事実は、原告が本件仮差押執行当時、本件被保全債権の支払をする資金に欠如していたことを示すものであり、保全の必要性を裏づけるものである。

4  同4項の事実は否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1、2項の事実は当事者間に争いがない。

二<証拠>によれば、被告会社は昭和五八年三月一九日に申請した本件動産仮差押命令の申請書において、保全の必要性については、「債権者は債務者の経済状態を調査したところ、債務者には不動産など他にみるべき財産もなく、相当額にのぼる負債を有しており、いつ財産を隠匿するか計り知れない状態にあることが判明した。もし、有体動産を他に譲渡し隠匿されたりしてしまうと、債権者が後日本案で勝訴判決を得て強制執行をしても、目的を達することが不可能となる。」と主張しており、これを疎明するために提出された被告会社代表取締役名義の同年三月一六日付報告書には、「原告の状態を調査しましたところ、原告は不動産を所有していなく木材類があるだけです。……原告は他に数億もの負債を有しており、いつ何時、他の債権者に木材の引き渡しをしたりするかわからない状況にあります。このままでは、原告には木材類の他には他に財産がありませんから、当社が本案訴訟で勝訴しても執行不能となることは火を見るよりも明らかです。」との記載があること、右申請事件を担当した裁判官は三月一九日に保証金を四五〇万円とする保証決定をしたが、同時に被告会社に対し原告の連帯保証人にも資産のないことを疎明する報告書の追完を命じたこと、そこで被告会社は被告会社代表取締役名義の三月一九日付報告書を提出したが、右報告書には、「原告の連帯保証人である坂巻忠夫、坂巻敏夫及び坂巻春次の三名について資産状況を調査したところ、不動産は所有していなく、めぼしい財産等はないことが判明した。したがつて、右三名の連帯保証人に対して本案訴訟で勝訴しても、執行すべき財産類がないので、原告が所有する木材類を何とかしないと当社の債権は満足を受けないことになつてしまう。」旨の記載があることが認められる。

しかし、<証拠>によれば、実際には原告及びその連帯保証人三名は、本件仮差押当時、原告主張のような不動産をそれぞれ所有していたことが認められる。なお、坂巻敏夫所有の土地については、同人がこれらの土地を所有していることについて被告らは明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

三そこで、被告会社が本件仮差押申請に当つて、原告及び連帯保証人ら所有の不動産の有無を調査したかどうかについて検討する。

1  証人鴫原静夫は、被告会社において右不動産の有無を調査したのは被告会社相互吹上市場長の同証人であるところ、昭和五八年三月上旬頃に法務局に赴いて、被告会社と原告間の昭和五〇年八月二五日付買方取引契約書の原告及び連帯保証人らの住所地に原告ら所有の不動産が存在するかどうか登記簿謄本の交付申請をして調査したが、いずれも該当する不動産はない旨の回答があつたので、原告及び連帯保証人ら所有の不動産はないと判断したと証言している。

そして、<証拠>によつて認められる買方取引契約書記載の原告らの住所と前記の原告ら所有の不動産の所在地とを対照してみると、いずれも完全には合致していない。すなわち、原告の住所は「行田市大字荒木一四四八番地」とされているが、原告所有の事務所・居宅の所在は「行田市大字荒木字野土一四四五番地一」であり(甲第二号証)、倉庫の所在は「行田市大字荒木字荒木一〇七四番地、一〇七五番地」である(甲第三号証)。坂巻忠夫の住所は「南埼玉郡菖蒲町大字菖蒲三一四」であるが、同人所有の店舗兼居宅の所在は「南埼玉郡菖蒲町大字菖蒲字菖蒲三一四番地一、三一三番地」である(甲第二三号証の一)。坂巻敏夫の住所は「行田市大字荒木一四四八」とされているが、同人所有の居宅の所在は「行田市大字荒木字荒木一一一〇番地二、一一〇九番地四」である(甲第五号証)。坂巻春次の住所は「南埼玉郡菖蒲町大字菖蒲三一四」とされているが、同人所有の工場の所在は「行田市大字荒木字野土一四四八番地一、一四四五番地一、一四四六番地一、一四四八番地五」である(甲第一四号証)。

2  しかし、右の証人鴫原静夫の証言の信憑性は極めて疑わしいものといわざるをえない。

まず、<証拠>によれば、法務局においては、不動産登記簿謄本の交付申請があつた場合に、該当の登記がないときには、交付申請書に、「該当なし」と記載してこれを申請人に返戻する取扱いであることが認められるが、本件においては昭和五八年三月上旬に鴫原証人が調査した際の交付申請書は証拠として提出されていない。

この点について、証人鴫原静夫は、右の交付申請書は特に重要な書類であるとは考えておらず、紛失してしまつたと証言している。しかし、右の交付申請書は当該不動産が存在しないことを疎明する重要な資料であるから、本件仮差押申請手続を受任した弁護士(前出甲第三一号証によれば、本件被告らの訴訟代理人が仮差押申請の代理人でもあつたことが認められる。)から、これを保管しておくようにとの指示がされたはずであつて、紛失してしまつたとする右証言はにわかに措信することはできない(同証人は、弁護士からはこれらの調査資料を保管しておくようにとの指示は受けていないと証言しているが、これまた措信することができない。)。

次に、<証拠>によれば、原告訴訟代理人が昭和五九年八月八日に「南埼玉郡菖蒲町三一四番地」所在の坂巻忠夫所有の建物の登記簿謄本の交付を郵便によつて申請したところ、同人所有の前記店舗兼居宅(所在は南埼玉郡菖蒲町大字菖蒲字菖蒲三一四番地一、三一三番地)の登記簿謄本が郵送によつて交付されたこと、原告訴訟代理人が昭和五九年八月一四日、「行田市大字荒木一四四八番地」所在の原告所有の建物の登記簿謄本の交付を郵便によつて申請したところ、申請地番には存在しないが、一四四五番地一にあつたので送付するとして、原告所有の前記事務所・居宅(所在は行田市大字荒木字野土一四四五番地一)の登記簿謄本が郵送されてきたことが認められる。

もつとも、<証拠>によれば、鴫原静夫が昭和五九年一〇月一七日に「行田市大字荒木一四四八番地」の原告所有の建物について、同月二九日に「南埼玉郡菖蒲町大字菖蒲字菖蒲三一四番地」の坂巻忠夫所有の建物について、それぞれ登記簿謄本の交付申請をしたところ、いずれも該当なしとして交付が受けられなかつたこと、管轄の法務局出張所長は、右各交付申請について、このような場合には登記簿謄本の交付は受けられず、申請書に該当なしと記載される旨の回答をしていることが認められる。しかし、前記認定のとおり、このような交付申請をした場合であつても、原告や坂巻忠夫所有の建物の登記簿謄本が現に交付されることもあるのであるから、少なくともこれらの建物については、昭和五八年三月上旬に鴫原証人が交付申請した際にもこれが交付された可能性は否定できない。

更に、<証拠>によれば、昭和五七年四月に原告所有の事務所・居宅が新築されたしばらく後に鴫原静夫が被告会社の吹上市場長に就任したあいさつに右事務所を訪れ、その際に原告代表者と鴫原市場長との間で原告が事務所を新築したことについて会話が交されたこと、原告所有の倉庫は昭和五七年九月に新築されたものであるが、前記事務所の近くにあり、原告事務所を訪れる者の眼に入るものであり、原告代表者と鴫原市場長は倉庫が新築されたしばらく後に会つた際に、立派な倉庫が完成した旨の話をしていることが認められる。右認定に反する証人鴫原静夫の証言は措信することができない。

そうすると鴫原市場長は、少なくとも原告が事務所及び倉庫の建物を所有していることは熟知していたのであるから、単に買方取引契約書記載の住所に原告所有の不動産が所在しないというだけで調査を断念せずに、登記簿の閲覧等より十分な調査をして、右事務所等を発見しえたはずである。証人鴫原静夫は、弁護士からは、法務局における調査の方法について、登記簿を閲覧するなどして十分な調査をするようにとの注意は受けていないと証言しているが、措信することができない。調査方法については、当然、事前に弁護士からの指示、説明があるはずである。

証人鴫原静夫は、連帯保証人ら所有の不動産の有無については、昭和五八年三月上旬に原告所有の不動産について調査した際に同時に調査しており、後日弁護士の指示で改めて調査したものではないと証言しているが、この点も納得し難いところである。すなわち、前記認定のとおり、被告会社は、本件仮差押申請の当日、裁判官から、連帯保証人らに資産がないことの疎明を追完するように指示されて、急拠同日付でこの点の報告書を提出しているのであるから、連帯保証人所有の不動産の有無については、もし調査をしたとすれば、仮差押申請をした三月一九日以後に行つたものと推認される。もし事前に調査をしていたとすれば、申請時に提出した三月一六日付報告書にこの点についての記述も盛り込まれるはずである。しかも鴫原証人は、連帯保証人所有の不動産についての調査は、弁護士から指示があつたから行つたものではなく、自主的に調査をしたものであると証言しているが、同証人はこの種の調査をした経験はほとんどないと証言しており、このような鴫原証人が自主的に連帯保証人の資産についてまで予め調査をするなどということはとうてい措信できるものではない。そして、鴫原証人は三月一九日以後に調査をしたとは証言していないから、連帯保証人らの不動産の有無については三月一九日の前後を通じて全く調査が行われなかつた可能性が大きいと考えられる。

前記のとおり、被告会社代表取締役名義の昭和五八年三月一九日付報告書には坂巻春次の資産状況を調べたところ不動産は所有しておらず、めぼしい財産等はないことが判明した旨記載されているが、<証拠>によれば、原告代表者の父親である右坂巻春次は昭和五五年五月二一日に死亡し、その葬儀に被告会社の者も参列して香典を持参していることが認められる。したがつて、被告会社の者も坂巻春次が既に死亡していることは知つていたはずであり、それにもかかわらず右報告書に坂巻春次がなお生存しているかのように記載されているのは、この報告書が何ら調査に基づくことなく作成されたものであることを推測させるものである。

3  以上のとおりであつて、被告会社は原告及び連帯保証人らが不動産を所有しているかどうかについて何ら調査をしなかつたのではないかという疑いが強い。

四仮に被告会社が鴫原市場長に原告らが不動産を所有しているかどうかについて一応の調査をさせたとしても、その調査方法は前記鴫原静夫の証言によれば極めて不十分なものである。

まず、被告会社は昭和五〇年八月二五日付の買方取引契約書に記載された原告らの住所を唯一のより所としている。しかし、昭和五〇年以後住所の変更もありうるから、この記載だけを唯一絶対のより所とすることは相当ではない。<証拠>によれば、この買方取引契約書には、連帯保証人の住所変更があつた場合には、原告は事前に被告会社に対し、書面により届出なければならないとの条項、右の義務を履行しないときは被告会社は原告に対し取引額の減縮、取引の停止又は契約の解除をすることができるとの条項及びこれらの約定に違反して生ずる一切の損害は原告及び連帯保証人がすべて負担するとの条項があることが認められるが、これらの条項があるからといつて、原告及び連帯保証人の右契約書記載の住所は完全に正確なものであるとか、被告会社としてはこの住所に原告及び連帯保証人の不動産が存在するかどうかだけを調査すれば足りるということはできない。

なお、<証拠>によれば、原告の新築された事務所の所在は一四四五番地一とされているが、原告はもともと坂巻春次所有名義の工場(所在は一四四八番地一ほか)で営業を始めたので、原告の本店所在地は一四四八番地となつており、右工場の建物は現在も原告が使用していること、したがつて、買方取引契約書記載の原告の住所である「大字荒木一四四八番地」というのは、誤りでもないし、その後変更になつている訳でもないことが認められる。

そして、鴫原市場長としては、場合によつては登記簿を閲覧して、原告及び連帯保証人らの不動産の所在(原告が事務所及び倉庫を所有していることは知つていたものである。)ないし有無を調査すべきであつたといわなければならない。もしも調査方法について十分な知識、経験がなかつたとすれば、仮差押申請を委任した弁護士に説明を受け、その指示を仰ぐべきものである。そのような措置をとつていれば、少なくとも原告、坂巻忠夫及び坂巻春次の所有する不動産の全部又は一部は発見することができたはずである。

したがつて、鴫原市場長は、原告及び連帯保証人の所有不動産の有無等を仮に調査したとしても、これを調査するについて適切な方法を尽くさず、原告らは全く不動産を所有していないと判断したものであつて、少なくとも過失があつたものというべきである。

五被告らは、原告ら所有の不動産は価値が低いものであると主張する。

1  <証拠>によれば、原告所有の事務所・居宅の敷地である行田市大字荒木字野土一四四五番一、原告所有の倉庫の敷地である同市大字荒木字荒木一〇七四番、一〇七五番、坂巻敏夫所有の居宅の敷地である同市大字荒木字荒木一一〇九番四、一一一〇番二の各土地は、いずれも行田都市計画に基づく市街化調整区域内にあり、原告所有の右倉庫及び坂巻敏夫所有の右居宅については建築確認がされていないことが認められる。

しかし、<証拠>によれば、原告所有の事務所・居宅の建物は、都市計画法四三条の規定(開発許可を受けた土地以外の土地における建物等の制限)に適合しているものとして、建築確認がされていることが認められる。また、<証拠>によれば、原告所有の倉庫及び坂巻敏夫所有の居宅についても建築基準法に基づく建築物除却の措置を命じられたことはないことが認められる。

2  <証拠>によれば、原告所有の事務所・居宅の敷地である一四四五番一の土地は訴外関口行晴から賃借しているものであること、昭和五八年度固定資産税課税標準価格は右事務所・居宅が七七七万四八五二円、原告所有の倉庫が一五〇二万二五二四円であること、右事務所・居宅の時価は借地権価格を含めて三〇〇〇万円は下らないこと(被告らは、事務所の敷地の賃貸借契約は建物所有を目的とするものではないと主張するが、なぜ事務所・居宅を所有する目的の賃貸借契約がそのようにいえるのか理解し難い。)、右倉庫の建物及び敷地の時価は約六〇〇〇万円であること、右事務所及び倉庫には何ら抵当権は設定されておらず、倉庫の敷地である一〇七四番、一〇七五番の各土地に根抵当権者を北埼信用組合とする極度額三〇〇〇万円の根抵当権が設定されているが、昭和五八年一一月一〇日現在原告の北埼信用組合からの借入れ残高は五〇〇万円であるのに対し、原告の同信用組合に対する預金残高は八四二万七九六〇円であることが認められる。

3  そうすると、原告所有の不動産だけを取上げてみても、その価格は、これら不動産がいずれも市街化調整区域内にあることを考慮して低めに評価したとしても、なお本件被保全債権額を大幅に上回るものということができる。

被告らは、市街化調整区域内の不動産は無価値であると主張するが、独自の見解であつて採用することができない。

六被告会社の提出した前記昭和五八年三月一六日付報告書には、原告は数億もの負債を有している旨記載されている。

しかし、証人鴫原静夫はこの点について、原告には数億円の借金があるということを噂で聞いていたが、誰から聞いたのかは忘れてしまつたと証言しており、何ら的確な裏づけに基づいた記載ではないことが明らかである。

原告所有の不動産については、その一部に極度額三〇〇〇万円の根抵当権が設定されているだけである(しかも、根抵当権者からの借入金残額を上回る預金をしている。)ことは既に認定したところであるが、更に連帯保証人ら所有の不動産について抵当権設定の状況をみると、<証拠>によれば、原告の代表取締役である坂巻忠夫所有の店舗兼居宅について根抵当権者を株式会社埼玉銀行、債務者を原告とする極度額一〇〇〇万円及び二〇〇〇万円の各根抵当権が設定されているが、坂巻敏夫所有の居宅に設定されている債権額一〇〇〇万円の抵当権の債務者は坂巻敏夫自身であること(原告代表者の本人尋問の結果によれば、坂巻敏夫は原告代表者の弟であり、原告の専務取締役であつたこともあるが、右の一〇〇〇万円の借入れは住宅ローンであることが認められる。)、坂巻春次所有の工場には何ら抵当権は設定されていないことが認められる。

このような抵当権設定の状況から推測すると、原告は数億円もの負債は負つていないものということができる。前記報告書の記載は、何ら根拠のない虚偽の記載であるといわざるをえない。

七その執行の対象が動産であれ、あるいは不動産であれ、そもそも本件仮差押について保全の必要性があつたかどうかについて検討する。

保全の必要性について被告らは、原告は取引先の東実木材株式会社が昭和五八年二月上旬頃倒産したことにより多額の損害を受けたものであり、本件被保全債権についてもこのことを理由に再三の催告にもかかわらず支払に応じなかつたと主張し、証人鴫原静夫はこれに沿う証言をしている。

そして、<証拠>によれば、原告と東実木材株式会社とは、東実木材株式会社が被告会社を通じて原告に売渡した木材を、その代金の一割増しで原告から東実木材株式会社が買戻す(東実木材株式会社は原告に売却した代金の支払のために被告会社から手形の交付を受けこれを直ちに現金化することができ、他方原告からの買戻代金の支払のための手形は支払期日が六〇日後のものであつて、このような取引は東実木材株式会社の資金繰りを目的としたものであつた。)などの取引をしていたが、東実木材株式会社は昭和五八年二月四日に第一回の手形不渡りを起こし、同月九日までには銀行取引停止処分を受けて倒産したことが認められる。

しかし、東実木材株式会社の倒産によつて、原告が大きな損害を受けたかどうかという点については、原告代表者は、原告が東実木材株式会社から振出交付を受けていた約束手形のうち支払期日が昭和五八年二月四日以後の額面合計九九〇万三九一七円の約束手形が不渡りになつたほかは、正確な数字ではないが三〇〇万円ないし四〇〇万円の損害を受けた程度であると供述している。この三〇〇万円ないし四〇〇万円という数字については、成立に争いのない乙第四〇号証により、原告が東実木材株式会社の保証人である同会社の代表者曽根實を債務者として、東実木材株式会社が原告に対して振出した額面合計一〇四五万五三七九円の約束手形についての約束手形金債権の保証債務履行請求債権を被保全権利として昭和五八年三月二日に仮差押命令を得ており、右一〇四五万五三七九円のうち三四五万五三七九円の約束手形は前記九九〇万三九一七円のうちの一枚であるが、その余の額面合計七〇〇万円の約束手形はこれとは別個の約束手形であることが認められるから、三〇〇万円ないし四〇〇万円ではなく、少なくとも七〇〇万円はあるものと認められる。

このように、原告は東実木材株式会社の倒産により、少なくとも一六九〇万三九一七円(九九〇万三九一七円に七〇〇万円を加えた金額)の損害を被つたものと認められるが、原告代表者は、本件被保全債権の支払をしなかつたのは、東実木材株式会社の倒産のあおりを受けて支払えないという理由によるものではなく、原告が被告会社から昭和五七年九月二八日から一二月二四日までの間に買受けた二七六三万一四三二円相当の木材を代金は支払済であるのに引渡を受けていないから、その引渡を受ければ直ちに支払う旨の主張をしたものであると供述しており、被告会社が提出した昭和五八年三月一六日付報告書には保全の必要性を裏づける事実として東実木材株式会社の倒産ないしこれを理由とする原告の支払拒否について何らの言及がないこと(単に、「いくら当社が請求しても代金を支払つてくれません。」と記載されているだけである。真に被告ら主張のような事実があつたとすれば、これは保全の必要性を裏づける具体的かつ説得力ある事実であるから、報告書に記載されたはずである。)に照らしても、前記証人鴫原静夫の原告の経営状態ないし本件被保全債権の支払拒否の理由に関する証言は措信することができない。

前記のとおり原告及び原告代表者所有の不動産には銀行及び信用組合を根抵当権者とする極度額総額数千万円の根抵当権が設定されているにすぎないこと、昭和五八年一一月一〇日の時点ではあるが原告は北埼信用組合に対して八四二万七九六〇円の預金債権を有していること、原告は本件仮差押の解放金として一三〇〇万円を執行当日の昭和五八年三月二八日に直ちに準備して、翌日本件仮差押決定の執行取消決定を得たこと(このことは、<証拠>によつて認めることができる。)、原告は本件仮差押の執行当日も通常の営業を続けうる状態であつたこと(このことは、原告代表者の本人尋問の結果によつて認めることができる。)等の事実によれば、東実木材株式会社の倒産による原告の損害はそれ程重大なものではなく、原告の経済状態に何らかの不安ないし危険な点はなく、その経営は順調であつたものと推認される。

なお、<証拠>によれば、前記仮差押解放金一三〇〇万円は原告の当座預金から払戻したが、これは手形の支払に充てるために準備してあつた金員であつたので、原告は昭和五八年三月三〇日頃に信用組合から一〇〇〇万円を借入れる必要が生じたことが認められる。被告らはこの点をとらえて、この事実は本件保全の必要性を裏づけるものであると主張する。しかし、仮差押解放金の支出は原告にとつて全く予期しない出費であつたのであるから、そのために一〇〇〇万円の借入れが必要になつたからといつて、このような資金繰りはむしろ当然のことであり、これをもつて原告の資力が欠如していたものとすることはできない。

以上のとおり、本件仮差押はそもそもその必要性がないものであつたといわざるをえない。

八以上認定、判断したところによれば、被告会社の被用者である鴫原市場長は、故意又は少なくとも過失によつて、原告及び連帯保証人らには不動産はなく、しかも原告は数億円の負債を負つている旨の、事実に反する報告書を疎明資料として提出して、本件仮差押命令を得たものであるから、被告会社はこれによつて原告が被つた損害を賠償すべき責任があるというべきである。

なお、被保全債権について人的担保(保証)を有する場合に、当該仮差押について権利保護の必要性を欠くことになるかどうかについては争いがあるが、保証人の資力が十分である場合には、権利保護の必要性を欠くものと解すべきである。もつとも、本件においては、連帯保証人ら所有の不動産を考慮に入れず、原告所有の不動産だけの価格をみても、その価格は被保全債権額を上回るのであるから、右の点についてどのような見解をとつても本件の結論には影響しない。

また、動産仮差押、ことに債務者の営業の対象である商品を仮差押するについては、債務者に与える損害の重大性に鑑み、特に高度の必要性を要すると解すべきである。本来理論的には、債権者はまず仮差押申請だけをして、債権者のために債務者の一般財産に対し仮差押をすることができることを内容とする仮差押命令を得た後において、執行期間内に、これを債務名義として任意選定した債務者の財産を指示してその執行の申立ができるものである。しかし、実務上は、仮差押命令の申請と同時にその申請が認容される場合を予想してその執行の申立が附加してされ、仮差押命令に執行の目的財産を特定掲記するのを慣例としている。実務の慣例は右のとおりであり、被告会社はこれを前提として動産仮差押の申請をしているのであるから、不動産仮差押などと比較して、より高度の必要性の疎明が要求されるものといわなければならない。

本件においては、被告会社の仮差押申請はおよそ保全の必要性を欠くものであつたといわざるをえないのであるが、原告が多額の不動産を所有していることに鑑み、不動産仮差押はともかく、少なくとも動産仮差押の必要性はなかつたものといわなければならない。

九被告会社の代表者である被告大橋が本件仮差押申請に関与したことを認めるに足りる証拠はないから、被告大橋に対する本訴請求は理由がない。

一〇そこで、原告の被つた損害額について判断する。

1  <証拠>によれば、原告が仮差押執行を受けその経営が危機にあるないしは倒産の危険があるという噂が流布されたことによつて、取引先から現金取引を要求されたり、注文に直ちに応じてもらえないとか、取引を打切られるというような事態が生じ、原告の経済的信用が低下させられたことが認められる。

商品の仮差押を受けることは商人にとつて著しい信用の毀損をもたらすことは否定できないが、原告は前記のとおり仮差押執行の翌日に直ちに右執行の取消決定を得ているから、本件仮差押が原告に与えた信用毀損の程度はそれ程重大なものではなかつたものと推認される。これらの事情を斟酌して、原告の信用失墜という損害に対する賠償額としては、三〇〇万円をもつて相当と考える。

2  <証拠>によれば、本件仮差押執行は昭和五八年三月二八日の午前一〇時一〇分から午後八時二五分まで行われたことが認められる。

そして、原告代表者は、木材を仮差押されたため、原告は仮差押執行の当日とその翌日は営業ができず、これによつて一日四五万円の損害(四五万円という数字は原告の一年間の売上から算出したものであるという。)を被つたと供述している。

しかし、二日間の営業停止が直ちに二日間分の売上高の終局的減少をもたらすものであるのか疑問であるし、かつ、一日四五万円という数字を算出する基礎となつた年間売上高、利益率等については何ら客観的資料が提出されていないから、右の原告代表者の供述だけから直ちに原告には二日間の営業休止による九〇万円の損害が生じたものと認定することはできない。

他に原告主張の営業停止による損害を認めるに足りる証拠はない。

3  <証拠>によれば、原告は昭和五八年三月二九日に仮差押解放金を供託したため、資金繰りの必要上同年三月三一日までに北埼信用組合から利息年七・二五パーセントの約定で一〇〇〇万円を借入れざるをえなかつたことが認められる(原告は、借入れは三月二八日であると主張しているが、これを認めるに足りる証拠はない。)。

そして、<証拠>によれば、仮差押解放金は少なくとも昭和五八年七月二五日当時まで供託したままであり、したがつて右一〇〇〇万円も借入れたままであつたものと認められる(<証拠>によれば、被告会社が本件仮差押申請を取下げたのは昭和五九年二月一七日であることが認められる。)。

したがつて、原告が出捐を余儀なくされた少なくとも昭和五八年三月三一日から同年七月二五日までの一〇〇〇万円に対する年七・二五パーセントの割合による利息は原告が本件不法行為によつて被つた損害であるというべきである。その金額は、二三万二三九七円となる。

4  <証拠>によれば、原告は原告訴訟代理人に仮差押解放金の供託による本件仮差押の執行取消申立の手続を委任して昭和五八年三月二九日右取消決定を得て、昭和五八年三月三一日その手数料として原告訴訟代理人に二〇万円を支払つたこと、更に原告は原告訴訟代理人に本件仮差押決定に対する異議訴訟の提起を委任し、原告訴訟代理人は昭和五八年四月一八日右異議訴訟を提起したこと、右異議訴訟については七回の口頭弁論期日が重ねられた後に昭和五九年二月一七日に至り被告会社が仮差押申請を取下げたこと、異議訴訟の第五回口頭弁論期日において職権による和解勧告がされ和解が試みられたが、第七回口頭弁論期日に和解勧告が打切られたこと、原告は原告訴訟代理人に昭和五八年五月四日に右異議訴訟の着手金として一五万円を支払い、昭和五九年三月一四日に右異議訴訟の謝金として五〇万円を支払つたことが認められる。

仮差押解放金の供託による執行取消の申立手続は、特別の法律的知識、経験を必要とするものではないから、必ずしも弁護士に委任する必要性はないとも考えられるが、迅速に取消決定を得るためには専門家である弁護士に委任せざるをえないものというべきである。

したがつて、執行取消申立手続及び異議訴訟についての弁護士費用は、相当額の範囲内のものに限り本件不法行為と相当因果関係に立つ損害ということができるが、解放金供託による執行取消の手続は何ら困難な法律上、事実上の問題を含むものではなく、仮差押解放金の供託があれば、当然に仮差押執行は取消されるものであるし、また、原告の提起した異議訴訟も、申請が取下となる直前は和解の試みがされていたものであつて、少なくともその間は原告訴訟代理人としては特段の訴訟活動を必要としなかつたものと認められる。そして、右異議訴訟は、和解勧告のされる前は四回の口頭弁論が重ねられたにすぎず、結局仮差押申請の取下によつて終了しているのであるから、全体として原告訴訟代理人にとつて困難な訴訟であつたとはいい難いものと推測される。

そこで、本件不法行為と相当因果関係に立つ弁護士費用は、仮差押執行取消の手続については五万円、異議訴訟については四五万円とするのが相当である。

5  以上のとおりであるから、被告会社は原告に対し以上の損害の合計額三七三万二三九七円を賠償すべき義務がある。

一一以上述べたところによれば、原告の被告会社に対する本訴請求は、三七三万二三九七円及びこれに対する不法行為の後であつて訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和五八年八月七日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金(年六分の請求は理由がない。)の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとする。また、原告の被告大橋に対する請求は理由がないからこれを棄却すべきである。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を適用し、仮執行の宣言を付するのは相当でないのでその申立を却下することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官矢崎秀一)

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